アリア「いとしい人よ,あなたは」K6.293e
(J・C・バッハの歌劇「シリアのアドリア-ノ」のアリアに付けられた装飾とカデンツア)

作曲 1772年?ミラノ? 16歳?
詞  ピエトロ・メタスタージオ
編成 S独唱,管弦楽(詳細不明),Cemb
モーツアルトは8歳から9歳にかけて、父親に連れられてロンドンに演奏旅行を行ない、その間かの地にいたヨハン・クリスティアン・バッハから様々な音楽的薫陶を受けた。しかもこのロンドン滞在中、当のバッハによるオペラ「シリアのアドけ-ノ」の初演が行なわれており、モーツアルト父子も実際にその舞台を観たのではないかと言われている。モーツカレトは生涯にわたり、ロンドンで受けたバッハからの教えを貴重な体験として受け止めていたが、バッハに対する敬愛の情のひとつとして彼の書いた幾つかのオペラのアリアのためにカデンツアと装飾を加えた。「シリアのアドリアーノ」の中のアリア「いとしい人よ、あなたは」の改訂も、そうしたバッハ・オマージュのひとづである。バッハのオリジナルに比べると、当然のことながら非常に大胆な装飾が施されていることがわかる。珍しいレパートリーだけに、大全集は資料的価値は充分にある1枚だろう。    〔小宮正安〕
ジュリー・カウフマン(S)イエルク=ベーター・ヴァイグレ指揮ミュンヘン放送0.クラウス・フォン・ウィルデマン(cemb)く録音1990年6月〉[グラモフォン1UCCG4076~82](モーツアルト大全集第19巻「コンサートアリア全集」/7校組)[Philips464880-2](Complete Mozart Edition-12「アリア,声楽アンサンブル,カノン,歌曲,ノットウルノ」/10枚組・海外盤)

〔1778年2月12日以前 マンハイム?〕
父の写譜で残る。 2月14日に父へ宛てた手紙によると、クリスチャン・バッハのアリアのために作ったカデンツァをアロイジア・ウェーバーの練習に役立てようとした。
もしぼくの思い違いでなければ、以前に書きとめておいたカデンツァがあるでしょうし、少なくとも装飾音を全部書き出した形のアリア・カンタービレが一曲あるでしょう? 真っ先にそれがほしいのです。 ヴェーバー嬢の練習にとても役立ちますから。[書簡全集 III] p.526
成立時期については異論もある。 すなわち「以前に書きとめておいた」ことを父に確認しているので、モーツァルトがザルツブルクをあとにして旅に出た「1777年9月23日以前」であるはずというものである。
楽譜
youtube 演奏  
全曲  Julie Kaufmann, soprano; Münchner Rundfunkorchester, conducted by Jörg-Peter Weigle. 私のCDと同じもの。上記盤 



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アリア「恋の気高い思いは」K.119(382h)

作曲 1782年?ウィーン 26歳
詞  不明
編成 S独唱,P(あるいはOb2,hrn2,弦楽器?)
かつては「1771年頃の作品」と考えられていたアリア。様式的な観点から、現在ではウィーン時代初期の作とする説が有力である。ただし、作品の細かい成立事情などは分かっていない。自筆譜も見つかっておらず、独唱ソプラノとクラヴイーアのための筆写譜が知られているのみである。とはいえ、原曲がオーケストラ伴奏によるものだったとする意見は根強い。CDでは対照的な「復元の試み」を味わうことができる。管楽器の色彩的な響きを重視したエリック・スミス版(例えばエヴァ・リントがそれを使っている)と、やや簡素な、弦楽器主体のフランツ・バイヤー版では、聴いた印象もかなり異なるはずだ。差し当たりここでは、手堅くまとまった後者の楽譜を使った録音の中から、クリスティーナ・ラキのものを「オススメの1枚」としてあげておこう。音程がやや不安定なところはあるが、表情のこまやかな変化が楽しめる演奏だ。
クリスティーナ・ラキ(S)ジェルジ・フィッシャー指揮ウィーン室内0〈録音二1980年9月〉[Decca4552412](5枚組・海外盤)
〔モーツアルト名盤大全(音楽之友社):担当:太田峰夫氏〕

成立について不明。 作詞者も不明。 別人の手によるクラヴィア版でのみ現存。 ケッヘルはモーツァルトの第2回イタリア旅行(1771年8月〜12月)のときに作曲されたと推定し、K.119 に置いたが、現在はジングシュピール「後宮からの誘拐」(K.384)との関連づけられて、アリア「わが感謝を受けたまえ、やさしい保護者よ」(K.383)と同時期と見直されている。 アロイージアのために作曲されたなどの諸説あり、はっきりしたことは何もわからない。

■歌詞

Der Liebe himmlisches Gefühl
Ist nicht an unsre Macht gebunden.
Ein einz'ger Blick entscheidet viel,
Noch hat mein Herz ihn nicht gefunden;
Ich wart' ich wart' mit Zuversicht.
Wenn die Natur mich lieben heisst,
Wird dieses Herz schon selbst empfinden.
Umsonst beschäftig sich mein Geist,
Nur sie kann Herzen wohl verbinden,
Nur sie, die Klugheit kann es nicht

〔Mozart Con Grazia〕
楽譜
youtube 演奏  
全曲 Eva Lind, soprano; Dresden Philharmonic Orchestra, conducted by Jörg-Peter Weigle. 私のCDと同じもの



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アリア「あなたに望みを託します、ああ愛する夫よ」K.440(383h)〔未完〕

作曲 1782年春頃ウィーン 26歳
詞  ピエトロ・メタスタージオ
編成 S独唱,bass声部のみ現存
モーツアルトはいくつかのコンサートアリアを未完成のまま残している。この作品もそうしたもののひとつ。メタスタージオの『デモフォオンテ』の詞に作曲されたものだが、オーケストレーションを欠いており、声とバスのパートしか残されていない。次に紹介する演奏では、E・ライヒェルトの補筆でブライトコプフから出版された楽譜に基づく。作曲の経緯についても不明だが、「後宮からの逃走」の仕上げに入っていた1782年の春頃と推定されている。王子との間の許されない愛に苦しむデイルチェーアが悲劇を予感して歌うアリアである。モーツァルトの作品の中で特筆すべき内容を持つわけではないが、創作活動の全貌を知るという意味では興味をそそる作品のひとつといえるだろうか。エヴァ・リントのソプラノ、イエルク=ベーター・ヴァイグレ指揮、ドレスデン・フィルの演奏が入手できる。
           
工ヴア・リント(S)イエルク=ベーター・ヴァイグレ指揮ドレスデンPO〈録音1990年3月〉〔グラモフォンUCCG4076~821(モーツアルト大全集第19巻「コンサートアリア全集」/7校組)[Philips464880-2](Complete Mozart Edition-12「アリア,声楽アンサンブル,カノン,歌曲,ノットウルノ」/10枚組・海外盤) 〔モーツアルト名盤大全(音楽之友社):担当:岡本稔氏〕
楽譜
youtube 演奏  
全曲 Eva Lind, soprano; Dresdner Philharmoniker, conducted by Jörg-Peter Weigle. 私のCDと同じもの



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アリア「千匹もの竜を目の前にするとも」K.435(416b)〔断片〕

作曲 1783年(推定)ウィーン 27歳
詞  不明
編成 T独唱,fl,ob,cl,fg2,hrn2,tp2,tim,vn2部,va,vc,bass
未完で謎ばかりの作品。いつ、どこで何のために書いたのか、何を歌詞の出典にしたのかも不明なのである。ただ、イタリア語ではなくドイツ語歌詞で書かれている点に特徴がある。そしてそのことから、モーツアルトがドイツ語のジングシュピール「後宮からの逃走」を初演した1782年からほどない、1783年にウィーンで作曲されたと推定されているが、確かな根拠はない。歌詞の出典も作詞者も不明で、危険を恐れずに立ち向かおうという決意を歌う、カールという役名が記されているのみである。完成されているのはテノール独唱のパートと低声部についてのみで、他の声部・楽器の記入は断片に終わっている。 このような作品だから録音はわずか。ユニバーサルのモーツアルト大全集第19巻[G]で、バロウズがコリン・デイヴイスの指揮で歌った録音が唯一の国内盤。         
ステユアート・ハロウズ(T)コリン・デイブィス指揮アカデミー・オヴ・セント・マーティン・イン・ザ フィールズ〈録音1978年11月〉[クラモフォンUCCG4076~82](モーツアルト大全集第19巻「コンサート・アリア全集」/7校組)【Philips464880-2](Complete Mozart Edition-12「アリア,声楽アンサンブル,カノン,歌曲,ットウルノ」/10枚組・海外盤)
〔モーツアルト名盤大全(音楽之友社):担当:山崎浩太郎氏〕

未完。 確証はないが、アリア「殿方はいつもつまみ食いをしたがる」(K.433)と同様、未完のオペラのためと見られている。 したがって曲が書かれたのは同じ時期と推測されている。
〔Mozart Con Grazia〕
楽譜
youtube 演奏  
全曲 Stuart Burrows, tenor; The Academy of St Martin in the Fields, conducted by Colin Davies.  



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アリア「ああ,打ち明けてしまいたい」K.178(417e)

作曲 1783年6月ウィーン 27歳
詞  不明
編成 S独唱,P
ピアノ伴奏版の形で伝えられているソプラノ用のアリアで、第1ではK.178に分類されたが、第3版でK.125iとなり、さらに第6版では1783年の作としてK.417eに訂正されている。つまりK.418のアリアと同じく、1783年6月30日にブルク劇場でバスクヮレ・アンフォツシの「無分別な詮索好き」でクロリンダを歌ったアロージア・ウェーバーのための挿入曲のスケッチで、K.418の異稿ともされている。ただ、モーツアルトは、オペラの第1幕第5場のためのこのアリアは使わず、結局オーケストレーションすることもな、ったようである。また、K.418とはテキストも異なるし、第6場のためのアリアなので、別の機会に書かれた可能性も捨て切れない。作詞者不詳の歌は、伯爵との恋に悩むクロリンダが苦しい胸内を打ち明けてしまいたいと歌うもので、モーツアルト大全集第9巻が唯一の国内盤であろう。ジュリー・カウフマンがフランツ・バイヤー版で歌っている。
ジュリー・カウフマン(S)イエルク・ベーター=ヴアイクレ指揮ミュンヘン放送0〈録音1990年1月〉[クラモフォンUCCG4076~82](モーツアルト大全集第19巻「コンサート・アリア全集」/7枚組)[Philips464880-2](Complete Mozart Edition-12「アリア.声楽アンサンブル,カノン歌曲.ノットウルノ」/10枚組・海外盤) 〔モーツアルト名盤大全(音楽之友社):担当:歌崎和彦氏〕

ケッヘル初版では K.178(1773年末〜74年初)に、アインシュタインの第3版では K.125i(1772年)に置かれていた。 しかし歌詞はアンフォッシのオペラ「余計なお世話(軽はずみな変り者)」第1幕からとられたものであり、1783年6月30日にウィーン・ブルク劇場でそのオペラが初演された際にクロリンダ役で出演したアロイジアのために作曲されたアリア K.418 の下書きと見られ、その直前 K.417e に置かれている。 なお、そのオペラは1777年にローマで初演され、その後ヨーロッパ各地の主要都市で公演され、ウィーンでの初演は上記のように1783年6月30日であるという。

Andante イ長調、4分の2拍子。 内容はカランドラーノ侯爵により貞節を試されたクロリンダが戸惑う部分のみで、別人の筆跡によるクラヴィア伴奏版で残る。
〔Mozart Con Grazia〕
楽譜
youtube 演奏  
全曲 Julie Kaufmann, soprano; Münchner Rundfunkorchester, conducted by Jörg-Peter Weigle. 私のCDと同じもの



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アリア「やさしい春がほほ笑んで」K.580〔未完〕

作曲 1789年9月17日ウィーン 33歳
詞  不明
編成 S独唱,C12.fg2,hrn2,vn2部,va,vc,bass
ボーマルシェの戯曲による《セビリヤの理髪師≫はロッシーニの作曲で知られるが、1789年当時はパイジェルロの作曲したものが人気を博していた。この年にウィーンでこの作品がドイツ語で上演されることになり、モーツアルトは第2幕で声楽教師に化けた伯爵がロジーナに歌わせるアリアを作曲したが、結局オーケストレーションまでに至らず放棄されたままとなった。この時のロジーナ役は、アロイージアとコンスタンツェの姉でウェーバー家の長女ヨゼプア・ホーファー夫人(この2年後に「魔笛」の初演で夜の女王を歌った)が予定されていたことからも理解できるように、コロラトゥーラ・ソプラノのための作品としてモーツアルトは作曲している。アジアが生んだコロラトウーラ・ソプラノの名手スミ・ジョーが、このアリアでも見事な歌唱を聴かせてくれる。モーツアルトが完成しなかったオーケストレーションは、この録音ではフランツ・バイヤーが補作している。    〔国土潤一〕
スミ・ジョー(S)ケネス・モントゴメリ一指揮イギリス室内0〈録音1995年11月〉[Erato0630-14637-2](海外盤)

ヴィーデン劇場で上演予定のパイジェルロの「セヴィリアの理髪師 Il Barbiere di Siviglia」第2幕に加えることを目的に、義姉のソプラノ歌手ヨゼファ・ホーファー(当時30歳)のために作曲したが、未完に終っている。 それは上演予定が実現されなかったからと思われている。

彼女のためにモーツァルトは《ドイツ・アリア》を書いた。 『やさしい春はすでにほほえみ』がそれである。 この曲は、ヨゼーファが契約を結んでいたアウフ・デル・ヴィーデン劇場においてパイジェルロの『セヴィリアの理髪師』をドイツ語で上演するという企画のために、挿入曲として着想されたのであった。 しかしこの作品は明らかに再び除かれたのである。 モーツァルトの原稿がスケッチ風で不十分な性格を持っているのは、それによって説明がつく。[アインシュタイン] p.507

この曲の楽譜は50年以上行方不明だったが、1989年5月19日ロンドンのサザビーズ社が自筆譜を競売し104,500ポンド(約2,340万円)で売れた。

■歌詞 石井宏訳 CD[ポリドール POCL-1076]

Schon lacht der holde Frühling
aufblumenreichen Matten.
wo sich Zephire gatten
unter geselligem Scherze,
Wenn auch auf allen Zweigen
sich junge Blüten zeigen
kehrt doch kein leiser Trost
in dieses arme Herz. 
やさしい春がもうほほ笑んでいる
花ほころぶ草の原に、
そして、そよ風は
軽やかに花にたわむれる
木々の枝には
つぼみが芽をふいている、
でも、やさしい慰めは
この哀れな心には訪れてこない 

〔Mozart Con Grazia]
楽譜
youtube 演奏  
全曲 Christiane Eda-Pierre, soprano; The Academy of St Martin in the Fields, conducted by Sir Colin Davis. 私のCDと同じもの


ジュリー・カウフマン(S)イエルク・ベーター=ヴアイクレ指揮ミュンヘン放送0〈録音1990年1月〉工ヴア・リント(S)イエルク=ベーター・ヴァイグレ指揮ドレスデンPO〈録音1990年3月〉、ステユアート・ハロウズ(T)コリン・デイブィス指揮アカデミー・オヴ・セント・マーティン・イン・ザ フィールズ〈録音1978年11月〉[クラモフォンUCCG4076~82](モーツアルト大全集第19巻「コンサート・アリア全集」/7枚組)[Philips464880-2](Complete Mozart Edition-12「アリア.声楽アンサンブル,カノン歌曲.ノットウルノ」/10枚組・海外盤) 全集版以外では手に入れるのが難しいコンサート・アリアであるが、幸いにも非常に優れた内容であるのは嬉しい。